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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6506号 判決

A、B、C事件原告(以下「原告」という。) 齋藤武雄

右訴訟代理人弁護士 中尾昭

A、B、C事件被告(以下「被告」という。) 長沢潤

右訴訟代理人弁護士 西迪雄

同 土谷明

同 富岡美栄子

主文

一  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (A事件)

被告は、別紙物件目録(四)及び(五)記載の土地(以下前者を「本件一一番四の土地」、後者を「本件一一番五の土地」といい、両土地をあわせて「被告土地」という。)内の別紙図面(二)記載のイイ'ロ'オハニホホ'ニ'ハ'ロロ'イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地上に存するブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)を収去せよ。

2  (B事件)

被告は、被告土地内の別紙図面(二)記載のヨタレソヨの各点を順次直線で結んだ範囲内に存する物置(以下「本件物置」という。)、同図面記載のツネナラツの各点を順次直線で結んだ範囲内に存する物置(以下「本件物置」という。)、同図面記載のオハの各点を結んだ直線上に存する柴垣(以下「本件柴垣」という。)を収去せよ。

3  (C事件)

被告は、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件一一番三の土地」という。)及び本件一一番四の土地内の別紙図面(二)記載のロAトの各点を順次直線で結んだ部分に存するくぐり門(以下「本件くぐり門」という。)を収去せよ。

4  (A、B、C事件)

(一) 訴訟費用は被告の負担とする。

(二) 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者、土地の所有関係等

(一)(1) 訴外鳥飼政治(以下「鳥飼」という。)は、昭和四八年三月二六日以前に、別紙物件目録(一)の土地(以下「本件一一番一の土地」という。)及び本件一一番三の土地の所有権を取得して、その所有者となった。

(2) 原告は、同日、鳥飼から、右両土地(以下「原告土地」という。)を買い受けた。

(3) 原告は、同日ころ、鳥飼から、別紙物件目録(三)記載の建物(以下「原告旧建物」という。)を買い受け、爾来これに居住している。

(二) 被告は、被告土地及び別紙物件目録(六)記載の建物(以下「被告新建物」という。)の所有者である。

2  囲にょう地通行権

(一) 袋地

(1) 原告土地は、別紙図面(一)記載のとおり、南側を被告土地に、東側を東京都新宿区市谷薬王寺町九番、同八番一の各土地に、北側を同一二番の土地に、西側を同一二番、一一番二の各土地(以下順次「九番の土地」、「八番一の土地」、「一二番の土地」、「一一番二の土地」という。)に囲まれ、わずかに、本件一一番三の土地のうち幅一・三六五メートル、奥行約二二メートルの部分(別紙図面(二)記載のABチトAの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分)のみが南側に存する公道(以下「本件公道」という。)に接続しており、原告土地から右公道への通行には、同部分及びこれに隣接する被告土地のうち別紙(二)図面記載のロハ'ニ'ホ'BAロの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地によって形成される通路(以下「原告主張現私道」という。)が原告土地への唯一の通路として利用されている。

(2) しかし、同通路のみによっては、次の(二)(1)ないし(6)に掲げる事由により、原告土地の用法に従う利用を充すに十分でないから、同土地は袋地である。

(二) 囲にょう地通行権の範囲

原告は、次に掲げる事情に照らし、別紙図面(二)記載のイイ'ヘルホホ'BAロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地について囲にょう地通行権を有する。仮にそうでなくとも、原告は、同図面(二)記載のロ"ロ'ハルホホ'BAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地について囲にょう地通行権を有する。

(1) 原告は、株式会社東京放送の関連会社である株式会社東通の副社長であり、その上、テレビ放送技術等に関する会社数社の社長を兼任しているので、仕事柄自家用車又は社用車を利用する必要があり、また、原告の息子も民間放送会社の報道部に在籍して勤務時間が非常に不規則なため、通勤に自家用自動車を使用せざるをえない。そこで、原告は、原告土地内に自家用自動車のための車庫を建設したいと考えているが、通行可能部分の幅員(別紙図面(二)のホ'チ間)が僅かに一・八メートルであって、自動車による通行が不可能であるため、原告は著しく不便を感じているうえ、駐車場料金支払など経済的にも過剰な出費を余儀なくされている。したがって、原告は、別紙図面(二)記載のイイ'ヘルホホ'ニ'ハ'ロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地をも通路として利用する必要がある。

(2) 一二番の土地上には、長昌寺の建物が存在するが、同寺の境内や参道は狭あいであるため、同寺の火災の際の消火、救助活動は原告主張現私道を利用して行なわざるをえないところ、同私道には消防車、救急車等が進入できないため、消火活動のほか、原告やその家族、一二番の土地内で生活している長昌寺の住職やその家族及び同寺境内に存するアパートの住民達の救助活動に支障を来すおそれがある。また、原告の実父は公害病認定患者であって、発作が起きた場合には直ちに救急車で病院に運ばなければならないが、原告主張現私道には前記のとおり救急車が入らないから、不安を拭い切れない。したがって、これらの車両の通行が可能な通路を確保する必要がある。

(3) 原告土地の管轄消防署は、被告に対し、原告主張現私道上の障害物を収去し、右私道に消防車や救急車が進入しうるよう、その幅員を拡張すべき旨を勧告している。

(4) 災害時の避難通路の確保という見地からも、原告主張現私道の幅員は狭すぎる。

(5) 原告土地は商業地域に存するため、同土地上に建物を建築する場合には、鉄骨鉄筋造りとすることが要求されているが、現況では原告主張現私道に自動車が進入できないため、建築材料の搬入等が全くできず、したがって、建物の建替えも不可能である。

(6) 昭和八年六月一六日に、原告土地と被告土地との境界線である別紙図面(二)記載のABの各点を結ぶ直線を基準線として左右水平距離各一・三六五メートルの幅員の土地(同図面(二)記載のロ"ロ'オハルホホ'BチトAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地。以下「原告主張通路」という。)について道路位置の指定がなされた。

その後、東府都知事は、建築基準法(以下「法」という。)四二条二項に基づき同都告示昭和二九年第九五七号をもって右ABの各点を結ぶ直線を基準線として左右水平距離各二メートルの幅員の土地(同図面(二)記載のイイ'ヘルホホ'BチヌリトAロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地)を法四二条二項の道路と定めた。

したがって、右道路位置の指定にかかる幅員を充たさない原告主張現私道は、原告土地の用法に従った利用を確保するに十分な通路とはいえない。

(7) 被告は、昭和五一年六月ころ、被告土地上に存在していた建物(以下「被告旧建物」という。)を取り毀し、その後、被告新建物を建築したものであるところ、被告旧建物が存在していた当時は、原告主張通路が通路として利用されていた。

また、被告旧建物が昭和五一年六月ころ取り壊されてから昭和五二年五月四日までの間は、同図面(二)記載のイイ'ヘルホホ'BチトAロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が通路として利用されていた。

しかるに、被告は、右のような従前の通路部分を侵蝕して被告新建物を築造した。

(8) (7)の通路は、原告及びその家族ばかりでなく、被告及びその家族も私道として利用してきたものである。

(9) 別紙図面(二)記載のイイ'ヘルホホ'BAロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地は、その位置、形状からみて、道路として使用する以外に用途がなく、被告もこの点を十分に認識している。

3  通行地役権

(一) 黙示の合意

(1) 原告土地及び被告土地は、もとは一筆の土地であり、昭和八年ころまで長昌寺の所有地であったところ、同年六月ころ、訴外飯田章(以下「飯田」という。)が右土地を買い受け、同土地を、現在の地番表示に従っていえば、本件一一番四の土地、本件一一番一及び同番五の土地、本件一一番三の土地の三区画に事実上分け、本件一一番三の土地上に自己居住用建物一棟を、本件一一番四の土地上、本件一一番一及び同番五の土地上にそれぞれ賃貸用建物一棟を建築し、原告主張通路を右各建物居住者の通路として使用していた。

(2) その後、飯田は、右土地を現況のように分筆したうえ、鳥飼に対し、昭和二八年七月一四日に本件一一番三の土地を、昭和三四年一〇月二〇日に本件一一番一の土地を、被告に対し、昭和三三年一〇月二〇日に本件一一番五の土地を、同年一一月二二日に本件一一番四の土地をそれぞれ売却したが、鳥飼と被告は、右買受後も原告主張通路を共同使用してきた。

(3) 原告は昭和四八年三月二六日鳥飼から原告土地を買い受けたが、その後も原告主張通路は、原、被告がこれを共同使用しているほか、被告新建物から排出される下水の土管も原告主張通路内の原告土地内に設置されたマンホールに連絡されている(この状態は被告旧建物の時代においても同一であった。)。右のように、被告は、原告が別紙図面(二)記載のロ"ロ'オハルホホ'BAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を同記載のABチトAの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地と相互交錯的に使用することを許容してきたものであるから、原被告間において、右ロ"ロ'オハルホホ'BAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地について、原告のために通行地役権を設定する旨の合意が黙示的に成立した。

(二) 時効取得

(1) 鳥飼は、昭和三三年一一月から同四八年三月二五日まで、原告は同年同月二六日から同五二年五月三日まで、それぞれ別紙図面(二)記載のロ"ロ'オハルホホ'BAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を自己の土地の便益に供する意思をもって、原告主張通路の一部として、平穏、公然、継続的に通行してきた。

(2)(ア) 鳥飼は、右通行の開始にあたり、自己に通行地役権があると信じ、かつ、そう信じることに過失がなかったから、同人は昭和四三年一二月に右土地の通行地役権を通行開始時に遡って時効取得し、原告は同権利を承継取得した。

(イ) 仮りにそうでなくとも、原告は、昭和五三年一二月に右土地の通行地役権を通行開始時に遡って時効取得した。

(3) 原告は、本訴において右時効を援用する。

4  通行妨害

(一) 被告は、昭和五二年五月四日、本件ブロック塀を、同日ころ本件物置、を、昭和五三年六月二日に本件柴垣をそれぞれ設置し、所有している。

(二) 被告は、昭和四八年三月二六日以前に、本件くぐり門を設置した。

5  権利の濫用

仮に、前記囲にょう地通行権又は通行地役権の主張が認められないとしても、被告は、別紙図面(二)記載のイイ'ヘルホホ'BAロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が法四二条二項の道路の一部であること及び同記載のロ"ロ'オハルホホ'BAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が従前から原告主張通路の一部として使用されてきたことを十分知りながら、原告土地の用法に従った利用を充す通行を妨害し、同土地の価値を失わせる意図のもとに前記2(三)記載の物件を設置したものであり、また、右設置行為は、震災等緊急時の避難通路を狭あいならしめる反社会的行為であるから、権利の濫用に該る。

6  よって、原告は被告に対し、囲にょう地通行権若しくは通行地役権に基づき、本件ブロック塀、本件物置、、本件柴垣及び本件くぐり門のうち別紙図面(二)記載のロAの各点を直線で結ぶ部分の、所有権に基づき、本件くぐり門のうち同記載のAトの各点を直線で結ぶ部分の各収去を求める。仮に、原告の右の権利の主張が認められないとしても、被告の右各物件の設置は土地所有権の濫用として許されないものであるから、その収去を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1(一)のうち、(1)は認め、(2)は知らない。(3)のうち原告が原告旧建物に居住していることは否認し、その余は認める。

同1(二)は認める。

2  同2(一)は認める。ただし、原告主張現私道は原告土地への唯一の通路ではない。同2(一)(2)は否認する。

同2(二)の冒頭の主張は争う。(2)及び(3)は否認する。(6)のうち、原告主張現私道付近の土地が昭和八年六月一六日に道路位置の指定を受けたことは認め、その余は否認する。(7)のうち被告が昭和五一年六月ころ、被告旧建物を取り壊し、その後被告新建物を建築したことは認め、その余は否認する。(8)、(9)は否認する。

3  同3(一)(1)のうち、原告主張通路が通路として使用されていたことは否認し、その余は知らない。(2)のうち、鳥飼と被告が原告主張通路を共同使用し続けたことは否認し、その余は認める。(3)のうち、被告新建物から排出される下水の土管が原告主張通路内の原告土地内に設置されたマンホールに連絡されていること(この状態は被告旧建物の時代においても同様であったこと)は認め、その余は否認する。

同3(二)(1)、(2)は否認する。

4  同4のうち、(一)は認める。同(二)のうち本件くぐり門が存在することは認めるが、その余は否認する。

5  同5は争う。

三  被告の主張

本件くぐり門は、昭和三三年ころ被告と鳥飼が共同して設置したものであり、原告も原告土地を買い受けた昭和四八年三月ころから本件くぐり門の存在を容認して使用してきた。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者、土地の所有関係等(請求の原因1)について

1  鳥飼が昭和四八年三月二六日以前に本件一一番一、同番三の各土地の所有権を取得してその所有者となったこと、原告が同日ころ鳥飼から原告旧建物を買受けたこと、被告が被告土地及び被告新建物の所有者であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は同日、鳥飼から原告土地を買い受けたことが認められる。

なお、《証拠省略》によれば、原告は、原告旧建物取得後間もなくこれを取り壊し、その跡に新たに建物(以下「原告新建物」という。)を建築し、以後家族とともに同建物に居住していることを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

二  囲にょう地通行権(請求の原因2)について

1  《証拠省略》によれば、原告土地は、別紙図面(一)記載のとおり、南側を被告土地に、東側を九番、八番一の各土地及び被告土地に、北側を一二番の土地に、西側を同番、一一番二の各土地に囲まれ、わずかに、本件一一番三の土地のうち同図面記載のT1T2チ'T2T1の各点を順次直線で結んだ範囲内の部分によって本件公道に接続しており、原告土地から右公道への通行には、同部分及び被告土地のうち別紙図面(三)記載のロハ'ニ'ホ'チ'cbaロの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(奥行、幅員等の距離は同図面記載のとおりである。)によって形成される通路(以下「本件現私道」という。)が利用されていることが認められる。

2  そこで、原告土地が袋地であると言えるか否かについて判断する。一般に、囲にょう地通行権は袋地の効用を全うさせるために認められているのであるから、たとえ一応通行可能な経路が公路に通じている場合であっても、その経路によっては当該土地の用法に従った利用の必要を充たすに足りないときは、なおその土地を袋地と解すべきである。

以下に、これを本件についてみることとする。

(一)  《証拠省略》によれば、原告は、株式会社東通及びその関連会社六社の社長を兼任しており、会社勤めをしている子息ともども、勤務時間が不規則であって、通勤に自家用自動車を使用する必要があることから、原告土地内に自家用自動車のための車庫を建設し、本件現私道を自動車で通行したいと考えているが、右私道には自動車を乗り入れるに十分な幅員がないことが認められる。

そこで、右私道を自動車で通行することが原告土地の用法に従った利用であるか否かが問題となるが、右認定事実によっても自動車による本件現私道の通行が原告及びその家族にとって喫緊の必要事とは認められないうえ、同尋問の結果によると、原告は、もともと原告土地を住宅敷地として利用する意思で取得したものであり、現にそのように利用していること、原告は、本件公道から原告土地への自動車による乗り入れが不可能であることを知悉した上で同土地を購入したものであり、右購入時には右のような自動車による乗り入れの必要性は全く意識していなかったことを認めることができる。また、原告土地が東京の副都心のある新宿区に位置していることは前記のとおりであるところ、現在のような都心部の過密な土地利用の下においては、自動車が進入できない私道も数多く存在し、自己所有土地内に車庫を設置しうる余裕があっても、同土地に至る通路が狭いなどの事情によって他所に車庫を借りる等しなければならない例も少なくないことは当裁判所に顕著な事実である。これらの諸点に、本件現私道に原告が自動車を乗り入れることを認めた場合、被告は道路の拡幅を忍ばなければならず、相当の損害を被るものと見込まれることを考え合わせると、自動車による通行は未だ原告土地の用法に従った利用に含まれるとは言えないと解するのが相当である。

(二)  《証拠省略》によれば、本件一二番の土地上には長昌寺の建物が存在すること、本件現私道には消防車、救急車等の車両が進入できないこと、原告の実父は公害認定患者であることを認めることができる。しかしながら、長昌寺の境内や参道が狭あいであるため同寺の緊急時の消火、救助活動は本件現私道を利用して行なわざるをえないこと、本件現私道に右緊急用車両が進入できないため本件一二番の土地内で生活している長昌寺の住職やその家族及び同寺境内に存するアパートの住民達の救助活動に支障を来すおそれがあることについては、これを認めるに足る証拠がない。

そこで、本件現私道に消防車や救急車が進入できないために火災の際の消火活動や緊急時における原告やその家族の救助活動に支障を来すおそれがあるかについて判断するに、前記のとおり本件現私道の長さはわずか約二二メートルであるから、火災の際には、消防車を本件現私道の入口付近の本件公道上に横付けしたうえ、給水ホースを延ばすとすれば、原告新建物に対する消火に支障が生じるとも思わないし、原告の実父等につき緊急救助の必要が生じた場合においても、担架等を用いることにより、右私道を経由して被救助者を迅速に運搬することは容易であると考えられる。

(三)  原告土地の管轄消防署が被告に対し、本件現私道上の障害物を収去して、同私道を消防車や救急車が進入しうるような幅員に拡張するよう勧告しているとの点については、原告本人の供述中にはこれに沿う供述部分が存するが、同供述部分はきわめて漠然としたものであって、その信ぴょう性には疑問を呈さざるを得ず、他に右事実を肯定するに足る証拠はない。

(四)  次に、原告は、災害時の避難通路の確保という見地からしても本件現私道の幅員は狭すぎる旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、本件現私道は、日常、原告、その家族及び原告方への訪問者のほかは、被告、その家族及び被告方への訪問者に限られているが、被告新建物の玄関は本件公道側に設けられていることが認められ、右事実によれば、実際上、本件現私道を避難通路として利用するのは、原告、その家族及び原告方への訪問者のみであると推認されるところ、前記のとおり本件現私道の幅員は一・八メートルであるから、右のような少人数の者のための避難通路としては一応必要な幅員は充たしているものと考えられるうえ、一般に、建物が密集する大都会においては、住民のために充分な幅員を備えた避難通路を確保すること自体きわめて困難な現状にあること(この点は当裁判所に顕著な事実である。)に照らせば、本件現私道が避難通路として狭すぎる旨の原告の右主張にはにわかに与することはできない。

(五)  《証拠省略》によれば、原告土地付近は商業地域であり、このため、原告は、原告新建物を鉄筋コンクリート造りの建物に建て替える計画であるが、その建築工事の所要資材を運搬する自動車が原告土地へ乗り入れることができるようにするためには、本件現私道の幅員を拡張する必要があると考えていることを認めることができる。

しかしながら、原告本人の供述によっても、原告が右のような建て替えを実施する場合、その工事用資材を運搬する自動車を原告土地に乗り入れることができないことにより、その工事の施工上具体的にどのような支障が生ずるかを確認することはできず、結局右認定事実から窺い知れることは、単に原告において将来原告新建物を建て替える可能性があり、その場合には、本件現私道の幅員を拡張して建築用資材を原告土地に搬入できれば便宜であるというに止まるのであって、かかる抽象的、一般的必要性又は便宜をもって、直ちに囲にょう地通行権の存否及び範囲を定める要素とすることは難しいといわなければならない。

(六)(1)  本件現私道付近の土地が昭和八年六月一六日に道路位置の指定を受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同日、別紙図面(三)記載のロハ'dの各点を順次直線で結んだ線及びacチ'の各点を順次直線で結んだ線にほぼ沿って平行に二・七三メートルの間隔で延長二七・三メートルにわたる二本の建築線の指定がなされたことが認められる。

原告は、その後、法四二条二項に基づき東京都告示昭和二九年第九五七号をもって別紙図面(二)記載のイイ'ヘルホホ'BチヌリトAロロ"イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地が同項の道路とされたと主張するけれども、右主張事実を認めるに足る証拠はない。もっとも、東京都公報第七〇〇号によれば、東京都においては、昭和二五年一一月二八日告示第九五七号及びこれを全面改正した昭和三〇年七月三〇日告示第六九九号によって、法四二条二項に基づく道路の指定がなされたことが認められ、《証拠省略》によれば、右によるみなし道路の指定は、前記二本の建築線間の中心線を基準として左右水平距離各二メートルの幅員の土地についてなされたことを認めることができる。

(2) そこで、右道路位置の指定及びその後のみなし道路の指定が、原告土地が袋地といえるか否かを判断する上でいかなる意味を持つかについて検討する。

法四二条二項本文、四四条一項本文の規定は、防災、公衆衛生等公益上の行政目的から建物建築のためその敷地の用法を制限するものであるから、現に存する住居への通行を確保するための私法上の権利たる囲にょう地通行権の決定に直接制約を及ぼすものではなく、囲にょう地通行権の存否及びその範囲はもっぱら問題となっている土地の用法に従った通行を可能ならしめるか否かの観点から判断すべきものと解するのが相当である。これを本件についてみると、本件現私道の幅員は、前記のとおり本件公道に接する部分で約二・七三メートル、本体部分で一・八メートルであるから、原告及びその家族の日常の通行には何ら支障はなく(なお、前記のとおり本件現私道を自動車によって通行することは原告土地の用法に従った利用に含まれるとは言えない。)、したがって、本件現私道は原告土地の用法に従った利用を充足するために相当な通路と言うべきである。

右に述べたところによれば、原告土地はいまだこれを袋地と認めることはできないといわざるを得ないから、その余の点について判断するまでもなく囲にょう地通行権に関する原告の主張は理由がない。

三  通行地役権(請求の原因3)について

1  黙示の合意の有無

《証拠省略》によると、原告土地及び被告土地はもと一筆の土地であり、昭和八年ころまでは長昌寺の所有地であったこと、同年六月ころ飯田が右土地を買い受け、同土地を本件一一番四の土地、本件一一番一及び同番五の土地、本件一一番三の土地の三区画に事実上区分し、本件一一番三の土地上に自己居住建物一棟を、本件一一番四の土地、本件一一番一及び同番五の土地上にそれぞれ賃貸用建物を各一棟建築したことを認めることができ、その後右土地が現況のように分筆され、飯田が鳥飼に対し昭和二八年七月一四日に本件一一番三の土地を、昭和三四年一〇月二〇日に本件一一番一の土地を、被告に対し昭和三三年一〇月二〇日に本件一一番五の土地を、同年一一月二二日に本件一一番四の土地をそれぞれ売却したこと、被告新建物から排出される下水の土管が本件現私道内の原告土地内に設置されたマンホールに連絡されていること(この状態は、被告旧建物の時代においても同一であった。)は、当事者間に争いがない。

そこで、飯田が右三区画の各土地上に建物を建築したころから原告主張通路の全域が付近住民の私道として共同使用されてきたか否かについて判断するに、これを肯定するに足る証拠はなく、かえって、《証拠省略》によれば、本件現私道は少なくとも大正一三年ころ以来近隣住民の通路として共同使用されてきたが、その幅員は同年ころ以来現在まで全く変更がなく、別紙図面(二)記載のホ'ニ'ハ'ロの各点を順次直線で結んだ線より東側の土地が私道の一部として利用されたことは右時期以降一度もなかったことを認めることができる。

したがって、原告の請求原因3(一)の主張(通行地役権設定の黙示の合意の主張)は、その前提を欠くものであって、すでにこの点において理由がない。

2  時効取得

原告は、原告が別紙図面(二)記載のロ"ロ'オハルホホ'BAロロ"の各点を順次直線で結んだ範囲の土地の通行地役権を時効取得したと主張し、その前提として、原告土地の前所有者たる鳥飼が、昭和三三年一一月から同四八年三月二五日まで、右範囲の土地を、自己の土地の便益に供する意思をもって、平穏、公然、継続的に通行してきたと主張するが、少なくとも鳥飼が別紙図面(二)記載のロハ'ニ'ホ'を順次結んだ線より東側の土地を継続的に通行してきた事実を認め得る証拠はないから、右の土地についての原告の右時効取得の主張は理由がない。

四  以上のとおりであるから、別紙図面(二)記載のロハ'ニ'ホ'を順次結んだ線より東側の土地につき囲にょう地通行権又は通行地役権を有することを根拠として、本件ブロック塀、本件物置及び、本件柴垣ならびに本件くぐり門のうち同図面記載のロAの各点を直線で結ぶ部分の収去を求める原告の請求はいずれも理由がない。

五  くぐり門の収去請求について

(一)  弁論の全趣旨によると、被告と原告土地の前所有者であった鳥飼は昭和三三年ころ、共同して本件くぐり門を設置したのであるが、原告は同くぐり門の存在を承知の上で鳥飼から原告土地を買い受け、爾来同くぐり門の存在を承認してきたこと、本件現私道には自動車が進入したことがかつて一度もなかったことが認められる。したがって、別紙図面(二)記載のロハ'ニ'ホ'BAロの各点を直線で結んだ範囲内の土地について、仮に原、被告間において通行地役権設定の黙示の合意若しくは地役権の時効取得が認められるとしても、同権利の内容は、人の通行に限られ、自動車による通行までは含まないものと認定められる。

ところで、《証拠省略》によれば、本件くぐり門は、木製の二枚の引戸によって本件公道と本件現私道を区切っているもので、右引戸を開けて人が自由に通行できる構造のものであることが認められる。したがって、本件くぐり門は原告の通行を何ら妨害しているものではないものというべく、通行地役権に基づき本件くぐり門の収去を求める原告の請求は理由がない。

(二)  次に、原告の請求のうち、所有権に基づいて、本件くぐり門のうち別紙図面(二)記載のAトの各点を順次直線で結んだ部分の収去を求める部分の当否について検討するに、原告が本件一一番三の土地の所有者であることは前記のとおりであり、右土地と本件一一番四の土地に跨る別紙図面(二)記載のロAトの各点を順次直線で結んだ部分に本件くぐり門が設置されていることは当事者間に争いがないけれども、前記のとおり、本件くぐり門は、被告と原告土地の前所有者であった鳥飼が昭和三二年ころ共同して設置したものであるが、原告も右くぐり門の存在を承知のうえで鳥飼から原告土地を買い受け、以後これを被告と共同して利用してきたことが認められ、右事実によれば、原告は右くぐり門の存在を原告土地買受けの当初から容認してきたものとみるべきであるから、その収去を求める理由はないといわざるをえない。

六  権利の濫用について

本件全証拠によっても、被告が被告土地内に本件ブロック塀、本件物置、本件柴垣及び本件くぐり門を設置していることが権利の濫用にあたると目すべき特段の事情を認めることはできないから、この点の原告の主張は失当である。

七  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠田省二 裁判官 寺内保恵 裁判官小池信行は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 篠田省二)

〈以下省略〉

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